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くわばたさんの子育て、私の子育て

「さかもと未明」の記事で、ちょこっと触れたのですが。

今回の「子どもが飛行機の中で泣く」話から、クワバタオハラのくわばたさんのBlogでは、「公共の場で騒ぐ、走り回る子どもはOKなのか、NGなのか」みたいな話になっておりました。
細かいニュアンスまではなかなか要約できませんので、詳しくは、
どちらが正解?
とても考えさせられる。
を見てください。

私が受け止めたイメージでは、

「公共の場で騒ぐ子どもに対して、もうちょっと寛容になってもいいんじゃない?
外国には、そういう国もあるよ?」

というくわばたさんの問題提起に対して、コメントでは、

「それは外国の話。たとえばファミレスで通路を走って遊ぶ子どもがいたら、危ない。熱いお料理を運んでたら危険でしょ」

みたいな内容があって。

それに対しては、くわばたさんは、

「じゃあ、寛容な国のファミレスでは、いっつもそういう危険な状態になってんのかな?そういう、危険なことにならないように、まわりの大人が『あぶないよ〜』って、言ってあげてるんじゃないのかな」

というような話をしてる。そんな感じ。

で、私がものすごぉぉく、違和感というか、そうじゃないだろ!って思ったのは、「危険なことにならないように、まわりの大人が言ってあげてる」
のあたり。

それは、まわりの大人云々じゃなく、大前提として親が言うべきじゃん!

さかもと氏の戯れ言(あ、正直な気持ちが出ちまった)に比べれば、くわばたさんの話は立派に「問題提起」だと思うのだけど。

昔は、まわりの大人たち、生活のコミュニティ全体で子どもを育てていくシステムがあった…みたいな話になると、私はいつも思うのです。

最近の親には、そういう、周囲のサポートを得て子育てできる環境になると、その上にあぐらをかいて、本来親がやるべきことまで周囲にしてもらおうとするタイプが出てきている!と。

それこそファミレスの通路を走り回って遊ぶ子。本人は楽しいかもしれない。でも、そこは「食事をする場所」であって「走る場所」ではない。それを教えてやるのは親でしょ?大きくなる過程で、そういう善し悪しを親が教えなかったら、誰が教えるわけ?

で、くわばたさんは、「外で子どもを叱るときは、どうしても他人の目を気にして怒ってしまう。本当に子どものためを思って叱れない自分が嫌」みたいなことも言っていた。

私、そのへんが不思議なんですけど、どうして「他人の目を気にして」ってなっちゃうのかな?

そうじゃなくて、「ほかの人の気持ちになって考える」ってすれば、自分だって楽だし、子どもだって確実に納得してくれます。

場所がファミレスだから、「子どもが楽しいんだからいいじゃん」ってなるのかもしれないけど、これが病院だったら、おんなじことは言ってられないんじゃない?

そのとき、たとえばファミレスで走り回ったときに「こら!走るな!」って叱って終わっていたら、子どもは納得しないと思うんですよね。「じぶんはこんなにたのしいのに、はしっちゃだめなのはどうして?」ってなるかもしれない。

でも、そのときに、「ここはおうちじゃないし、走る場所でもないよね?みんな、お食事しにきているのに、あなたが走り回って、さわいだら、みんなどう思うかな?」とか、「もし、お店の人とぶつかって、あついお料理がこぼれたらどうする?」って、子どもに「ダメな理由」を考えさせないと、なんの意味もないと私は本当に思うのです。病院で騒いだら、「ここには頭の痛い人や、おなかの痛い人、いっぱいきてるよね?そこであなたがわいわい騒いだら、その人たちはどうかな?」って考えさせる。

それはやっぱり、家の中ではできない。家から出れば、そこは公共の場所で、そういう「よその人」がいる場所じゃないと、できない教育なのです。

そう。

何が言いたいかっていうと、私は、子どもに「想像力」を持ってほしいんです。想像力って、つまり、思いやりだし、優しさだし、マナーです。それを教えるのが親の仕事。

逆に言えば、さかもと氏がぶち切れたという1歳児ぐらいは、自分しかないから、想像力なんて求めてもしゃあない。けど、3歳ぐらいになってきたら、わかってくる。子どもはみんな賢いです。なのに、親が手を抜くから、何もわかってない子どもになっちゃう。

誤解のないようにはっきり言っておくのですが、私自身、完璧にそうできているわけでは決してないです。手抜きしてないかといえば、してるかな、と思います。でも、いつも、自分に対して、「手抜きしてないか?」ということは問いかけたいと思っています。

その場だけ、「走るな!」って怒鳴るのはラク。「なぜ走ってはいけないのか」を教えることはたいへん。

でも、そこで、手を抜かなかったら、子どもはちゃんとわかってくれて、そのうち親がなんにも叱らなくても走らなくなります。

これには実体験での自信もあります。

私がもともとお出かけ好きなので、くるみも小さい頃からショッピングに連れて行ったり、外食にも連れて行ってましたが、はっきり言って外で騒がれて困ったことはないです。

そりゃもちろん叱ったこともありますけどね。「ここっておうちだったっけ?」「ここは遊ぶところかな?」

その積み重ねなんだと思うのですが、今年の夏に家族3人で恵山のホテルに泊まったときのこと。

夕食はレストランで、ほかのお客さんも一緒でした。大人の料理がものすごい量だったので食べるのに時間がかかりました。子どものほうはとっとと食べ終わっちゃう。
でも、くるみは別に席を立ったりもしないし、騒ぎもしない。私たちとおしゃべりしたり、窓の外を見たりしている。

それが私にとっては普通のことだったので、別に何とも思っていなかったんですが、途中でくるみがお手洗いに行きたいと言い出したので、そのときは席を立ってトイレに行きました。

戻ってきたら、パパが、

「となりのお客さんにほめられたよ。子どもがちゃんとおとなしくしててすごいって。ふつう、こういう年の子なら、歩き回ったりして騒ぐって」

と言いました。

それで、あ、そうか、と思ったのです。くるみ、ほめられるぐらい、えらかったんだなぁ、と。でも、私はそのとき怒っても叱ってもいなかった。それは、私が今まで言ってきたことが、ちゃんとくるみの中にあるってこと。やっぱり、子どもは、親が手を抜かずに言い聞かせればわかるんですよね。

なのに、コメントをくれたクドマキさんのお友達。

群馬の友人が男の子三人連れて札幌に里帰りした際、降りた後に前の席のギャルの「後ろのガキがうるさくて寝られなかった」と文句が聞こえてきて、「それならうるさいですよって注意してほしい」と言っていましたが、他人から注意されるまで自分の子がうるさいかどうかもわからないから注意もできないんだろう な、と思うのです。

これ、手抜きだなぁって思うんです。うるさいって注意するのは親が基本。それを「それならあんたが言いなさいよ」って言うなんてありえない。なぜ、縁もゆかりもないよその子を私が注意しなきゃならんのじゃ(怒
念のため付け加えれば、なんで私があんたの子を叱るわけ?(怒、となる前提には、もちろん、親が自分の子を叱ってない、言えばわかる年なのに、というのがありますよ。

もちろん、男の子3人連れての飛行機は、さぞかし大変だと思います。男の子って、うれしくなると、わいわい騒ぎだすから。で、本人たちが楽しくて騒いでいるから(悪気はない)から、そこで「うるさいっっ!!!」て鬼の形相で叱ったところで持続性はない。で、母親はもううんざりしちゃって、放置する。

でもそれって、その場で言うんじゃなくて、前もって言っとけばまた違うんですよ。これはyoshiママ直伝なんですが、「今度、飛行機のるよ!」って子どもに何日も前から想像させる。「飛行機のなかって、騒いでもいいかな?走ってもいいかな?」って問いかける。さらに、「飛行機には、お仕事の帰りで疲れてる人もいるし、子どもが嫌いな人もいるんだよ。そういう人は、子どもが騒いだら、どう思うかな?」と。

そしたら子どもだって考えるから、記憶にちゃんと定着する。だからいざ飛行機に乗って、騒いじゃっても、「あれ?いいんだったかな?」って言うだけで、子どもは気づく。

そういう、想像力を少しずつでも育ててあげれば、ファミレスだろうが病院だろうが飛行機だろうが、どうってことなくなると思うんですけどねー。

私もまだまだこれから子育て難しくなっていくけど、基本的な部分は手抜きせず、親としてちゃんと子どもと関わっていきたいと思います。

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