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日本人の質

最近ニュース見てたら、ほんと、信じられないような事件ばかり。
生後一週間にも満たない赤ちゃんをゴミ集積場に放置するとか、復縁迫ったら断られたからって拳銃持ち出して人を撃つとか、果てはドア開けたらいきなり果物ナイフで刺されたとか、会社で怒られてむしゃくしゃしてたから腹いせに人を殺したかったとか、悪口言われたからって小指切り落とすとか…

胎教に良くないからそういう不快なニュースは見たくないんだけど、これがまたわざとかってくらいに毎日毎日あるんだな。
そういうニュースが毎日ある国って、どうなのよ? 異常じゃないの? それはそれでおいといて、別の面から美しい国にしましょうとか言うのかね、シンゾウくんは。

血なまぐさい話じゃなくても不快なニュースは山ほどある。
松岡農水省の「事務所費」。使い道を公表しなさいって言われて、ああまでして抵抗するのは、やっぱり公開できない理由があるからでしょうねぇ。それをまた「法律で決まれば粛々と公開するにやぶさかでない」みたいなこと言ってるけど、それって簡単に言えば「法律で決まってるならしょーがないから白状するけど、決まってないならしなくていいじゃん!」ってことで、言い方変えれば「法律破ってるわけじゃないんだからいいじゃん!!」ってことになり、結局、法律違反してなきゃなんでもやりたい放題だって公言してることになると思うんですけどね。
自分の言ってることがわかってんのかな~。わかってたら恥ずかしくて人前には出られないか。
だいたい5万円以上の出費には領収書の添付を義務づける、なんて、ばかばかしくて笑っちゃうよ。5万円だよ? そんだけあったら結構いろいろ使えるよ? しかも分割しちゃえば添付義務ないっていうんだから。びっくりだよ。私なんか会社で使ってる文房具やらファイルやら100均で買ってるけど、それでも領収書出せって言われるんだから。面倒だから最近は自腹ですけど。

そしてきょう、さらに耳を疑うようなニュースを「報道ステーション」にて見てしまいました。

光市の母子殺人事件。

 山口県光市で1999年、会社員本村洋さん (31)の妻弥生さん=当時(23)=と長女夕夏ちゃん=同(11カ月)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われ、最高裁が1、 2審の無期懲役判決を破棄した当時18歳の少年だった元会社員の被告(26)に対する差し戻し控訴審第1回公判が24日、 広島高裁であり、楢崎康英裁判長は、弁護側が請求した被告人質問と心理学者の証人尋問を採用、 犯行時の状況について審理することを決めた。
 この日の更新手続きで、死刑を求刑している検察側は「被告の反省は皆無。内面の未熟さや更生可能性など、主観的事情を強調すべきでない」という意見を述べた。
 一方、弁護側は「殺人ではなく傷害致死にとどまる。被告の精神年齢は12歳程度だ」と主張。元監察医や心理学者、精神科医の鑑定などの証拠調べを求めた。 

被告人には21人もの大弁護団がついたそうで、 その弁護団が展開した理屈がですよ。

「被害者が亡くなった自分の母親や義母に見えて甘えたかった。 甘えるつもりが間違って首を絞めて殺してしまった。生き返らせるために死姦した。だから殺意はなく、傷害致死である」

ですよ。

これが本当に「罪を裁く現場に携わる人間」 のしゃべってる言葉かと思いますよね。 最愛の妻と子供を無惨にも殺され、 以来8年間もずっと苦しみ続けている遺族に対して本気でしゃべってるのかと。

言葉というのはこんなことのために使われるものではないと思う。 こんなにも言葉そのものを侮辱した発言はないと思う。いったいどういう神経をして、こんなにもばかげた… というか侮辱した発言ができるのか、逆にあの弁護団が精神鑑定を受けたらいかが? って感じ。
どう考えても、本村さんの言うとおり、
「裁判そのものが手段でしかなく、目的は死刑廃止論議を高めることにあるとしか思えない」
っていうのが正しいと思う。これだけ世間の注目を集めている事件で、死刑なんて制度はイカン、廃止してしまえ!! って風潮が起きればこっちのもんだ、てな思惑が見えすぎです。
だけど、その思惑をうまく成功させるためにとった策が「傷害致死」とはね。お粗末にもほどがあります。誰がそんなむちゃくちゃな動機で納得してくれるかっての。
おまけに「精神年齢は12歳程度」だから精神鑑定をしろっていうのも失笑モノです。だって12歳だよ? やっていいことと悪いことの区別もつかない年齢ですか? 「12歳の子供が母親に甘えようとして間違って母親を殺した」なんてことあるか? しかも12歳程度の子が「死んだ人でも死姦によって生き返る」なんて思うのか? 12歳を子供だと理由づける根拠がわかんない。だいたい12歳って言ったら小学校6年生とかでしょ。イヤな話だけどカッターナイフで相手を殺そうとした子とかいましたよね。殺意を持って。

人が人を裁くということ自体、とても重くて、 その場に携わる人間というのはその責任の重さを常に感じていなければならないと思うし、 何よりも被告人が自分の犯した罪の重さを感じなければならないと思う。そんな基本的なことが、 この光市母子殺人事件の裁判ではすっぽりと欠落しちゃってるとしか思えません。

ちなみに私は死刑支持論者です。
あくまで念のために言っておくと、どいつもこいつも死刑にしちゃえと言ってるわけではありません。更正の可能性があるならもちろん被告にもやり直すチャンスが与えられるべきだと思います。
だけどね、今回のケースは、自分の犯した罪を償うというより、身をもってその罪の重さを知ってもらうために死刑とされるべきだと思う。
そもそも「償う」って言ったって、殺された人は二度と戻ってこないんだし、遺族はずーっとその事実を消すことも忘れることもできないんだから、簡単に「償う」なんて言葉を言っていいのかどうかって気もするんだよね。おまけにこの被告と来たら、遺族に対して「調子に乗ってる」とかいう発言をしてるし…どのへんが傷害致死なの? もう全然わかりません。

自分の命を持ってでさえも贖えないものがあるということを知ってもらわないと。
でなければこの事件はもちろん裁判もすべてが無意味なものになっちゃうよ。

それにしてもどうして日本人という人種は、 こんなふうになっちゃったんでしょう。
誠意とか、思いやりとか、愛情とか、そういうものはどこにいっちゃったんでしょう。

日本人って…100年後、どんな民族になってるんだろうな。なんか、 あまり明るい展望が持てない今日この頃。
私としてはこっこちゃんとテレパシーで会話でもして、穏やかな気持ちを取り返したいものです。とほほ。

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